年金と在職老齢年金制度


少子高齢化が進み、保険料を納める現役世代の人の割合が減る一方で、年金給付に関わる予算額はますます膨らんでいます。

厚生労働省は現在、年金財政の持続性を点検する5年に一度の「財政検証」を行っており、この夏その結果をまとめ公表することとしています。

これを踏まえて、政府は、それぞれの実施の可否を年内に判断し、来年2025年)の年金制度改正議論に取り組む方針とのことです。

現在、検証が行われている項目は次の5点。

⑴ 自営業者らが加入する国民年金の保険料納付期間を現行の40年から45年に延長
⑵ パートら短時間労働者が会社員らの厚生年金に加入する要件を緩和
⑶ 国民年金の水準低下を緩和するため、厚生年金から国民年金へ財源を振り向け
⑷ 65歳以降の賃金に応じて厚生年金が減る「在職老齢年金制度」の見直し
⑸ 厚生年金で高所得者が支払う保険料の上限の引き上げ

このうち、定年後に直接関係しそうなものは、⑴、⑵と⑷あたりでしょうか。

については、
国民年金の保険料納付期間を現行の40年(20歳から59歳)から45年(20歳から64歳)へ5年間延長するもので、働ける高齢者に保険料を納めてもらうものです。

これにより、国民年金に加入する自営業者や60歳以降働かず無職でいる人にとっては負担が長引くことになります。

現在の保険料を基に機械的に計算すると、保険料は5年間で計約100万円増えるといわれています。

1年間の給付額は約10万円増の見通しですので、受給開始から10年間で元が取れる計算です。

一方で、国民年金はその半分が国庫から拠出されるため、給付額の増加に伴い追加の財源確保が必要になるという課題があります。

なお、60歳以降も働いて厚生年金に加入している人にとっては新たな支出はありません。

については、
現在、厚生年金に短時間労働者が加入するのは、

・従業員101人以上の規模の企業に勤務
・就労時間が週20時間以上
・月収が8.8万円(年収換算で106万円)以上

といった条件を満たす必要があり、今年10月からは従業員51人以上の規模の企業に拡大されることとなっています。

今回の検証は、従業員規模の要件を撤廃したうえで、就労時間や月収が一定水準を超える労働者が加入可能になった場合の将来の給付水準について議論しているもので、パート労働者でもほとんどの人が基礎年金だけでなく厚生年金ももらえるようになる一方、事業主側の負担(保険料を折半)が増える見通しです。

さて、今回は、特に在職老齢年金制度について、その概要と実際にシミュレーションをしてみたいと思います。

在職老齢年金制度とは

厚生年金保険に加入しながら老齢厚生年金を受ける60歳以上の方は、基本月額※1総報酬月額相当額※2の合計が一定以上となった場合、年金額が支給停止(全部または一部)されるというものです。

※1 基本月額
年金額(年額)を12で割った額。なお、この場合の年金額とは、老齢厚生年金をいい、老齢基礎年金は含まない

※2 総報酬月額相当額
毎月の賃金(標準報酬月額※3)に、1年間の賞与(標準賞与額)を12で割った額を加えた額をいう。大雑把に言えば、年収を12で割った額

※3 標準報酬月額
毎年、7月1日現在雇用されている事業所において、同日前3カ月間(4月、5月、6月)に受けた報酬の総額をその期間の総月数で除して得た額。 これを定時決定といい、その年の9月から翌年の8月まで使用する

例えば、基本月額が12万円で、総報酬月額相当額が46万円の場合、

(12万円+46万円-50万円)÷2=4万円が本来の年金額の12万円から差し引かれ、最終的な年金額は8万円になります。

この式から分かるとおり、1か月の給与が62万円の場合には、

(12万円+62万円-50万円)÷2=12万円となり、年金額は全額停止となります。

つまり、給与が62万円以上になると、年金が全く受給できなくなるということです。

年金はどれくらいもらえる?

日本年金機構が令和6年4月1日付で「令和6年4月分(6月14日(金曜)支払分)からの年金額」について、以下のように発表しました。

法律の規定により、令和5年度から原則2.7%の引き上げになるとのことです。

※1 令和6年度の昭和31年4月1日以前生まれの方の老齢基礎年金(満額)は、月額67,808円
この場合の満額とは、20歳以降40年間(480ヵ月)の間、保険料を納めた場合の額です。ちなみに、22歳で就職し保険料を納めた場合、それ以降通算で40年間保険料を納めるといった場合もあります。
※2 平均的な収入(平均標準報酬(賞与含む月額換算)43.9万円)で、40年間就業した場合に受け取り始める年金(老齢厚生年金と2人分の老齢基礎年金(満額))の給付水準

上の表から計算すると、老齢基礎年金が68,000円、老齢厚生年金は、夫婦2人分の老齢基礎年金を含んで230,483円ですので、実際の老齢厚生年金は、

230,483-68,000×2=94,483円となります。意外と少ないことがわかります。もちろん、夫婦共働きの場合には、これより多くなります。

年金が一部停止とならないためには?

65歳で引き続き働く場合、「ねんきん定期便」で老齢厚生年金の額がA万円だとします。

年収がB万円だとすると、
年金の支給停止額は(A+B÷12-50)÷2

例えば、A=12万円の場合、支給停止額をゼロとするためには、
(12+B÷12-50)÷2=0なので、B=456万円

つまり、年収が456万円以下であれば、年金の一部停止がないことがわかります。

在職老齢年金制度の見直し

高齢者の健康維持と社会の働き手の補充という意味で、昨今、政府は高齢者の就労を促進していますが、在職老齢年金制度は、ある程度の収入があると年金そのものを減額してしまうことから、高齢者の就労意欲をそぐとの指摘もあります。

このため、同制度が廃止になれば、減額対象となる一部の高齢者にとっては利益となり、就労のモチベーションも高まると思います。
一方で、将来の給付財源が削られるとの指摘があり、見直しについては、慎重な判断が必要となります。

年金の繰上げと繰り下げ

60~64歳11カ月まで受給を早める繰り上げ受給では、1カ月早めるごとに0.4%ずつ受給率が減り、1年で4.8%の減、年金の受給開始を60歳まで早めると受給率は24%の減額(65歳から受給した場合の年金額の0.76倍の額)となります。

一方、繰り下げ受給では、1カ月遅らせるごとに0.7%ずつ受給率が増え、1年で8.4%の増、70歳まで繰り下げると42%の増額(65歳から受給した場合の年金額の1.42倍の額)となります。

なお、年金額が増えることで、税金や社会保険料も増えるため、手取りが1.42倍になるわけではないことに注意が必要です。

繰り上げ受給及び繰り下げ受給の受給率は一度決めると生涯続くので、年金をいつから受給するかはとても重要な問題です。

なお、年金は受け取る権利が発生したときに自動的に受給が開始されるわけではなく、請求の手続きが必要です。

繰り下げ受給の手続き

66歳以降で受給を開始したい時期に、「繰り下げ請求書」を最寄りの年金事務所または年金相談センターに提出することで手続きが完了します(受給のスタートは年単位ではなく月単位で可能)。

また、この手続きを行った時点で繰り下げ増額率が決まるので、そのタイミングはとても重要です。

また、国民年金(老齢基礎年金)と厚生年金(老齢厚生年金)を別々に繰り下げすることが可能です。
ただし、繰り上げの場合は、国民年金と厚生年金を同時に繰り上げ受給する必要があります。)。

ここで気になるのは、70歳まで繰り下げ、本来の受給額の1.42倍となった場合に、一体いつになったら65歳から本来の額を受給した場合と総受給額が等しくなるのかということです。

70歳に繰り下げした場合

下の図のように、65歳から受給した場合の年金額をA万円とし、65歳から受給した場合の年金の総受給額と70歳まで繰り下げて受給した場合の年金の総受給額が等しくなるまでの年数(65歳から)をB年とします。

65歳から受給した場合の総受給額:A万円×B年・・・図の茶色い網掛けの部分(水色の部分との重なりを含む)
70歳から受給した場合の総受給額:A万円×1.42倍×(B年-5年)・・・図の水色の部分(茶色い網掛けの部分との重なりを含む)

総受給額が同じということは、茶色い網掛けの部分と水色の部分の面積(それぞれ重なる部分を含む)が同じということなので、
   A×B=1.42A×(B-5)
        B=1.42×B-1.42×5 
  0.42B=1.42×5  ・・・ B=16.905=約16年と11カ月

つまり、65歳に16年と11カ月を足して、81歳と11カ月となります。

75歳に繰り下げした場合

また、75歳まで繰り下げた場合には、70歳までの倍なので、84%の増加(1.84倍)となります。下の図のように、65歳から受給した場合の年金額をC万円とし、65歳から受給した場合の年金の総受給額と75歳まで繰り下げて受給した場合の年金の総受給額が等しくなるまでの年数(65歳から)をD年とします。65歳から受給した場合の総受給額:A万円×C年・・・図の茶色い網掛けの部分(水色の部分との重なりを含む)75歳から受給した場合の総受給額:A万円×1.84倍×(C年-10年)・・・図の水色の部分(茶色い網掛けの部分との重なりを含む)総受給額が同じということは、茶色い網掛けの部分と水色の部分の面積(それぞれ重なる部分を含む)が同じということなので、

    A×C1.84A×(C10

      C=1.84×(C-10)     0.84C=1.84×10  ・・・ C=21.905=約21年と11カ月

つまり、65歳に21年と11カ月を足して、86歳と11カ月となります。

今回の計算では、70歳、75歳まで繰り下げた場合を計算してみましたが、途中いつでも、例えば、67歳と5カ月経ったところで年金受給の申請をしてもよいわけで、65歳のときを迎えて、元気に働いていて、金銭的にも特に困っていないような状況であれば、65歳でとりあえず繰り下げを始めておくというのもよいかも知れません。

一方で、日本人の寿命を見ると、
平均寿命(2023年の統計)は、男性81.05歳、女性87.09歳
健康寿命(2019年の統計)は、男性72.68歳、女性75.38歳
となっています。

いかがでしょうか。

健康寿命は「健康上の問題で日常生活に制限のない期間」と定義されていることを考えると、年金は増えても、しっかり健康で楽しくお金を使うことができなければ元も子もないとも言えます。

もちろん、将来介護が必要になったら、年金の多寡もとても大切になるのですけれども。

在職老齢年金との関係

ここで気をつけたいのが、年金の繰り下げと在職老齢年金の関係です。

私は50代のころから、「将来、元気なうちはずっと働きたい。65歳、70歳、いや75歳でも元気であったなら働き続けたい」と思っていました。

そんなとき、当初は、年金の繰り下げと在職老齢年金について、大きな誤解をしていたのです。

それは、

「65歳以降もバリバリ働き続けるのであれば、どうせすぐに年金は必要ないのだから、70歳まで年金を繰り下げよう。そうすれば、70歳まではそもそも年金をもらっていないのだから、在職老齢年金制度による年金の減額はないだろう。しかも、70歳からは、前述した1.42倍となった年金を受け取れるし、一挙両得だ!」と。

しかし、現実は、

もし、65歳以降の給与がそれなりの額になって、在職老齢年金制度により、年金の一部停止となった場合には、その停止された部分には繰り下げの効果が及ばない・・・

例えば、もしも年金が全停止となっていたら、繰り下げしても全く繰り下げの効果を得られない・・・ということがわかったのです。

例:65歳以降の年金の基本月額が12万円で、総報酬月額相当額が46万円であった場合、

(12万円+46万円-50万円)÷2=4万円となり、年金12万円から4万円を引かれた8万円が年金額となりますが、繰下げの効果が及ぶのは、この一部停止分を引かれた8万円の部分に限られるということです。

したがって、70歳から受給できる年金は、本来の年金の1.42倍にはならず、少々乱暴に計算すれば、1倍+0.42倍×(8万円÷12万円)=1.28倍となってしまうということです。

相談に行った年金事務所でそれを知ったとき、担当していただいた方に思わず言ってしまいました。
「在職老齢年金制度というから、何か年金に上乗せされる仕組みかと思っていたのに、高齢者に働くことを推奨している一方で、ずいぶん姑息な制度なんですね。現役の時に、長い間沢山の保険料を納めたのだから、一部停止などせずに、せめて、一部停止の部分を所得税の控除に加算できるとかいった施策をとってもらいたいものですよね。」
と少々皮肉交じりに言ったところ、

「いえいえ、健康で、しかもそれだけの収入があることに感謝して、あまり細かいことにこだわらず、もっともっと稼げばいいのですよ。」とやんわり諭されたのを思い出します。

健康第一。社会に出て元気に働けて、その対価をもらっていることに喜びを見出すことが大切」と考えることが、精神衛生上一番なのかも知れません。

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